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カテゴリ:◇明治~昭和の陶片①( 1 )


2007年 04月 26日

陶片図鑑 8 (明治~昭和の陶片①)

(合成染料の手描きの器)
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                           手描き染付皿・碗 →大きな画像
                 (明治時代、宮島、似島、呉市・吉浦、上鎌苅島)
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                      蛇の目釉剥ぎのある近代染付皿
                         (能美島・中町、宮島)

 鮮やかな合成染料を使って、泥臭く、野太く、元気よく手描きされた器たちです。幕末の線描きタイプのデザインをそのまま引き継いだような描き方が目立ちます。幕末の海浜模様の頑丈な小皿も、染料を合成染料(ベロ藍)に変えて、引き続き作られています。幕末から続くデザインも多いこれらの多くは明治のものだろうと思いますが、私には後の時代と区別がつきにくいものもあります。また、これらの中には、稀に近代のものでありながら、窯での重ね焼きの跡が残っているものもあります。

(近代の手描き色絵皿・碗)
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                        近代の手描き色絵皿・碗 →大きな画像&裏側
                         (似島、宮島、鞆など)
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                          近代の手描き色絵皿
                    (宮島、大崎下島・大長、倉橋・鹿老渡)

 海岸で目だって華やかな陶片と言えば、近代の手描き色絵皿や碗です。後のカラー印刷や洋風の絵付けではなく、江戸時代の色絵をそのまま引き継いだような手描きの器たちは、ひょっとしたら江戸モノではと迷うものや、比較的古そうなものから、昭和かなと思うものまで、時代の幅は広いです。このグループは定義も曖昧ですし、かなり情緒的な分類かなと思うのですが、「美しい色絵だけど近代モノだなあ」と思いながら拾う陶片が確かに存在しますので、海岸での感覚そのままにグループとして取り上げてみました。

(印判・型紙摺りの器)
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                        型紙摺りタイプの印判食器 →大きな画像&裏側
                    (宮島、似島、八幡川、福山市・仙酔島)
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                       目跡の残る皿(能美島・中町)

 型紙摺り(摺絵)とは、細かく模様を切り抜いた型紙を器の上に当てて、その上から染料を刷り込んで絵付けするやり方です。そのため模様の輪郭線が点線状になっています。大部分は藍一色ですが、多色刷りや手描きとの併用、青磁釉の上から絵付けしたものなどもあります。あまり繊細な模様を付けることはできませんが、それがかえって素朴な魅力になっています。時には少々うるさいほどに詰め込まれた模様の中を探すと、武骨なウサギや、ミミズのような可愛い竜、花や国旗、船などが隠れていておもしろいです。

 これらの型紙摺りタイプは明治の初期に始まり、明治時代量産食器の主流となりましたが、やがて少し遅れて出てきた銅版転写の器に主流の座を奪われていきます。合成染料の青が、やや下品なほど鮮やかで、江戸時代の器と一目で見分けがつく元気な器たちです。明治維新は毎日のお茶碗と一緒に、田舎の家の中にまで入っていったのかもしれません。

 型紙摺りの器には、窯での重ね焼きの跡(目跡)の残っているものが多く、稀に蛇の目釉剥ぎのある場合もあります。いろいろな産地のものが入ってきているようで、瀬戸や美濃、有田だけでなく、広島の場合、地理的に近い愛媛県の砥部のものも、けっこう混じっていそうです。現在の東広島市入野には、明治30年代頃まで日常雑器の窯があり、型紙摺りタイプの食器を焼いていたそうですから、中には地元産のものもあるかもしれないと思います。

 型紙摺りタイプは主として明治時代に作られましたが、その後も完全になくなったわけではなく、統制番号入りの型紙摺りさえあるほどですので、この印刷方法で時代が正確にわかるわけではないようです。ただ型紙摺りの器は、銅版転写の器に比べて、蛇の目釉剥ぎや目跡など、古い量産技法が見られることが多く、やはり明治時代の可能性が高いというくらいに思ってよいのではないかと思います。

(美濃地方の型押しの小皿)
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                  型押四方小皿(明治時代、宮島、似島、八幡川)→ 大きな画像&裏
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                  染付印刻小皿(明治時代、宮島、八幡川、鞆) →大きな画像&裏

 美濃地方で作られた型押小皿、あるいは印刻の小皿は、ある程度古い陶片が出る場所なら、通っていれば確実に出てくるのではないかと思うほどです。よほど大量に作られたのでしょう。このタイプ、江戸時代もあるようですが、海岸で出てくるものの多くは明治のようです。型押四方小皿の方は、梅など、花の陽刻模様が多く、角皿の他に輪花皿もあります。印刻小皿は波間に馬や千鳥を配置した幻想的なものや、竜や唐獅子や牡丹の図、寿字などおめでたい図案がよく見られます。とても個性の強いデザインで、海岸や川では、指の先ほどの小さな破片になってもそれと判ります。家の食器棚にあったならアクが強すぎて嫌になるかもしれませんが、海岸ではその自己主張の強さがなんだかいとしくて、見つけたら必ず拾ってしまいます。海岸陶片を拾い歩いて、完品より破片の方が美しい器というものがあることを知りました。



(銅版転写の器)

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                           銅版転写の皿
           (明治~昭和戦前、似島、宮島、安芸津町・風早、能美島・中町など) →大きな画像

 近代陶片の花形は明治の型紙摺りと、この銅版転写の器でしょう。明治半ばくらいに、型紙摺りタイプに少し遅れて普及し、昭和戦前くらいまで作られ続けました。銅版画(エッチング)の技法を使って紙に模様を印刷し、その紙を器に当てて模様を写し取るため、模様は細かい線の集まりでできており、よく見るとお皿や茶碗の模様に、紙のズレや皺が残っていることが多いです。型紙摺りよりも細かい繊細な表現ができるため、動物、植物、幾何学模様、時代を反映したものなど、面白い図案のものが多く、海岸で最も楽しい陶片の一つです。現代人から見ると実に手間のかかったものですが、当時は大量生産食器の主流でした。大皿、小皿、茶碗、湯呑などの食器はもちろん、日常のあらゆる生活用品にいたるまで銅版転写で模様を付けられた陶製品が活躍していました。

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                         銅版転写の飯茶碗
                     (明治~昭和戦前、似島、宮島) →大きな画像

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                       銅版転写の湯呑、盃など
                 (明治~昭和戦前、似島、宮島、安芸津町・風早) →大きな画像

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                    銅版転写の大皿、鉢、徳利、段重、蓋物
                      (明治~戦前、似島、宮島など) →大きな画像

 大量に出てくる銅版転写の陶片ですが、細かい年代や産地は判りにくいです。それでも比較的初期のものではと思えるもの、大正ロマンを感じさせるもの、昭和の銅版と私が呼んでいるタイプがあり、将来、幾らかの分類が陶片窟でもできるかもしれません。また産地についても、広島の海岸や川から出た銅版転写皿の中に、有田や瀬戸や美濃で作られたのではないらしいと判ったものもあります。地理的にみても、愛媛県の砥部焼がかなり混じっているかもしれないです。今、とても興味を持っています。
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by 10henkutsu | 2007-04-26 09:21 | ◇明治~昭和の陶片①