カテゴリ:★海岸&川の陶片の未来( 1 )


2007年 04月 03日

海岸と川の陶片の未来

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                         17~18世紀の染付
                         (宮島、鞆、八幡川)

  海岸や川の陶片の大部分は、誰にも顧みられることなく、海岸に眠り続けていると思われます。場所によっては、海底の沈没船からの漂着がありながら、気づかれないまま、美しい伊万里や古い中国陶磁などが波に洗われ、やがて割れて小さな破片となって砂の中に埋もれているかもしれません。もし海岸陶片への関心が高まるなら、それらもいずれ発見されることでしょう。ひょっとしたら、素晴らしい水中遺跡の発見に繋がるかもしれません。

 昔の生活ゴミ陶片の方は、日本中の海岸や川に無数にあると思われます。広島で拾った陶片は、近代のものも含めて4500点を超えました。(2007年6月現在)私が歩いた僅かな場所だけでもそのくらいあるのですから、日本全体で考えると、いったいどれくらいの数になるのでしょう。きっと大きな窯跡や、消費地遺跡から出てきた以上の量の古い陶片が、日本中の海岸や川に埋蔵されているかもしれません。それらは今、ゴミとしか思われておらず、集落近くの汚い場所に多いため、拾わなければ埋め立てられて、どんどん消えていきます。

 しかも、一つ一つの海岸に埋蔵されている量は、一部の例外的な場所を除き、ごく僅かでしょうし、これらのすべてを専門の研究機関が調査するのは無理ではないかと思います。また、波で削られたり、干潟を掘り返されたり、雨による増水で流されたりして現れる海岸や川の陶片は、窯跡などの遺跡から出た遺物のように、捨てられた時の状況がそのまま残ってはいないため、そのままでは一番良い資料とはなりにくく、拾っても発掘調査の邪魔になることもなさそうです。

 これらの陶片は五十年、百年、あるいは数百年もたつ古いものなのにたくさんありますし、おもしろくて、珍しくて、美しいのに、身近な場所で簡単に見つかります。もともと食器ですから、持ち帰っても、洗えば汚くて困ることもありません。拾って陶片の時代や用途を調べ、そこから見えてくる世界を楽しむ。あるいは摩滅した陶片を集めて、人間と自然の共同作品を楽しむ。陶片を集めてアクセサリーを作ったり、美しい作品に仕上げるetc・・・海岸や川の陶片集めは、アウトドアの遊びとして、多くの人が楽しむことができそうです。また、ほんの少しの知識で時代の見分けられる陶片も多いので、周りに教えてあげる大人がいたり、子どものための良い本でもできれば、昆虫採集や、貝殻集めや、かつての切手収集などのように、人生最初のコレクションになるかもしれません。陶片をじっと見つめ、江戸や明治の器を見分けることは、正解の用意してある学校の勉強よりも考える力をつけてくれるかもしれません。

 一度に大量に出る場所は少ないですので、集めるのに手間はかかりますが、一つ一つの陶片は、作られた時代や、使われた地域の生活を伝えてきます。それらを拾い集めることで、よりきめの細かい庶民の生活史が判ってくるかもしれません。海岸と川の陶片への関心が高まり、数十万、あるいは100万・・・それ以上の数の陶片が拾われた時、陶片たちはきっと何かを語りかけてくるに違いないと思っています。
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by 10henkutsu | 2007-04-03 09:48 | ★海岸&川の陶片の未来