カテゴリ:★気分は宝さがし( 1 )


2007年 04月 26日

気分は宝さがし

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                       牡蠣殻付き陶片(明治、似島)
    
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                       フジツボの白い痕付き陶片
                     (江戸時代、19世紀くらい、似島)   

 海岸で拾う陶片は、干潟の泥の中で長い時を過ごす間に少し角が取れ、優しい姿をしています。表面の釉薬が剥げたり、なかには牡蠣の殻や海藻などの生物が付着した陶片もあります。器肌に付いたフジツボは、剥がしても白い跡が点々と残ります。一つの海岸陶片には、作られた時代のこと、使われ捨てられた記憶、そして陶片自身の海での暮らしの痕跡が刻まれています。

 版画のような素朴な印刷の可愛らしい花模様や動物が小さな破片となって出てきたり、古い染付の破片が甲羅干しをする亀のように、干潟に転がっていたりします。泥だらけの美少女のようだったり、艶々と豊満な健康美だったり、汚れを落としてみたら、高貴な生まれの姫君であったり、陶片との出会いはさまざまです。

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 私が歩く広島の海岸は、プラスチックや発泡スチロール片などのゴミだらけで、場所によっては、泥の上にうっすら虹色の油が浮いていたり、浜一面、牡蠣の殻で白く覆われていたりします。潮風に混じってドブの臭いがすることもあります。
 
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 私の歩く川はヘドロっぽい泥が固まっていたり、手を伸ばすのがためらわれる程ドロドロした水であったりします。河口には小さな船やボートがぎっしり係留されています。集落近くの干潟では牡蠣養殖の棚が並び、干潮時にはアサリを掘る人達がいます。私はそんな海岸を古い陶片を求めて歩き回ります。陶片は人里離れた海岸ではなく、昔から人の生活の染み込んだ場所にあるからです。
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                      江戸時代の皿の唐草模様(宮島)

 拾い集めた陶片達は毎日撫で回し、棚に飾って眺め、引き出しや箱に入れては、また出して分類し、私は至福の時を過ごします。江戸時代の皿の、裏に描かれた唐草模様は、まるで職人の筆跡のようで、量産品とはいえ、一つ一つに個性があります。雑器の絵には手馴れた勢いがあり、少々の模様の失敗などは平気だったようですが、わざとレトロっぽくしたのではない、このおおらかさが飽きずに収集を続けたくなる理由の一つかもしれません。

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                    くらわんか碗・皿(18~19世紀、宮島)→大きな画像

 潮の干満の差が大きい地域ですので、できるだけ大潮の日に干潮時を狙って出かけますが、今日は何が拾えるだろうかと、気分は宝さがしです。海岸で陶片を探していると、歩いた地域の昔の世界が一瞬鮮やかに私の前に現れて、胸がドキドキすることがあります。

 「陶片窟」は良くも悪くも等身大の、歩いた足跡分の世界です。拾ったものは庶民の雑器が殆どですので、美術や骨董の本に載っているような高級品のことがよくわかりません。当時の流通の関係で、瀬戸や美濃のものも、広島の海岸から出てきたのは大部分が幕末以後のものですので判らないことが多いです。最近は多くの人のご厚意で、古瀬戸や、江戸期の瀬戸・美濃系陶片をたくさん手にすることができましたので、少しずつ勉強してはいますが、亀さんのごとき進歩です。判断に迷うものや、何だろう?と思うものなど、未整理のまま抱え込んでいる陶片もかなりあります。「陶片窟」は広島の海岸や川と、旅先で歩いた幾らかの場所での経験をもとに書いています。最近では多くの人から日本各地の陶片を頂いたり、写真で見せてもらったりする幸運に恵まれ、日本中の海岸について、おぼろげなイメージも生まれつつありますが、まだまだ日本全体の海岸や川に存在する陶片については未知の部分が多いです。この未知の世界を私自身が少しでも知るために作ったブログですので、何かお気付きの点など、教えて頂ければうれしいです。
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by 10henkutsu | 2007-04-26 10:13 | ★気分は宝さがし